ソーリーベイベー

一非常勤講師の覚え書きです。天津飯をこよなく愛しています。毎週月曜日21時更新です。その他のタイミングでも時々更新します。

最近ゲームをやっても昔ほど熱中できないのは歳のせいか

最近、ゲームをしても昔ほど熱中することができなくなった。新しいゲームが出れば少しさわって、別に飽きたわけでもないのにもういいや、となって後はたまに起動したりしなかったり。そのゲームを骨の髄までむしゃぶりつくす前になんだかやる気がなくなってしまう。昔は時間を忘れて、メシ食うのも忘れて、寝ることも忘れてゲームに夢中になったのに。

今回switch版スマブラを初めて買ってやりこんでみようかなと思った直後、また同じ感じになったので少し考えてしまった。

ダービースタリオンときめきメモリアル三国志信長の野望太閤立志伝ネオアトラスワールドネバーランドファイナルファンタジードラゴンクエストグランツーリスモ

僕の愛したゲームの数々は僕をゲームの世界に没入させてくれるものだった。僕はゲームの中に自らの小さな世界を作り上げ、そこで思う存分に遊んだ。

どのゲームにおいても主人公はもちろん僕だけだったし、僕以外の生きた人間はその世界にはいなかった。
他者の介在する余地は一切なかったと言っていい。

比較することがなかったのでゲームに上手いも下手もなかった。そういう価値尺度の適用されないところに僕のゲームの世界はあった。


今はしかし、僕のゲームの世界は他者で溢れかえっている。そしてそのゲームの主人公も僕でないと感じることばかりだ。

そう、主人公が僕じゃないんだと悟った途端に心が折れてしまうのだ。そしてそのゲームに対する情熱を失う。


オンラインという要素が出てからさらに僕のゲーム観は変わってしまったように思う。そこでは他者があらゆる方法で介入してくるし、その他者との比較、優劣を決める場になってしまったと感じることが多くなった。

上も下もなく、それぞれがそれぞれのやり方でゲームを楽しめる、というところがゲームのいいところだったと思うが、そういった楽しみ方がどんどん難しくなってきている。良かれ悪しかれ、他者とつながったり、他者と競い合ったりする方向にゲームの楽しみ方が収束しているように思う。

だけど、本来僕がゲームを好きだった理由は、そこが世界で唯一一人になれる場所だったからだ。


今は、僕の愛したその世界は他者の介入によってあちこち壊され、まるきり拡散してしまった。バラバラとした、意識の拡散を感じるのだ。

それはあたかも、押し入れの中で暗闇を楽しんでいたのに、無理矢理蛍光灯の真下に引っ張り出されたかのような、そんな気分だ。
明るい、にぎやかというのもいいが、真っ暗、一人ぼっちというのとそれはそれで楽しいんだぜ。

何より、夜をわざわざ昼にする必要もあるまい。