ソーリーベイベー

一非常勤講師の覚え書きです。天津飯をこよなく愛しています。毎週月曜日21時更新です。その他のタイミングでも時々更新します。

兄の仕事を手伝う

朝7時に目を覚ます。ひどい二日酔いだ。昨日は飲み過ぎた。二日酔いになる度、次はほどほどにしようと思うのに、全然ほどほどにできない。いつも初めは謙虚な戒めの気持ちを持って酒に臨むのに、飲むほどにアクセルの開度が開いていく。気づいた時にはフルスロットルだ。もっと楽しく、もっと気持ちよく。その気持ちを飲んでる途中どうしても抑えることができない。酒も立派なドラッグだ。僕のほどほどはあまりにも遠い。
嫁さんも二日酔いのようでウンウンと布団の中でうなっている。お茶を少し飲み家を出た。

かつて住んでいた東大阪の地へ。途中駅のコンビニで烏龍茶とオニギリ2つを買う。電車の中で食べると余計に気持ち悪くなった。
9時前に予定通り兄と合流する。今日は昔お世話になった人のお宅へ剪定に入るということだ。

数年前から時折兄の仕事を手伝うようになった。兄は植木屋をやっている。紆余曲折の末、植木屋になった。多分、兄の一生の仕事となるだろう。兄は植木の仕事がとても好きなようだ。
兄が植木屋を始めた頃、僕は兄のことをとてもうらやましく思った。兄は自分の仕事を見つけたのだ。そして僕にはそれがない。その頃の僕は自分が何をすればいいのか、自分に何ができるのか分からなかった。自分の肌に合う仕事を見つけられる人はそう多くないように思う。大げさに言えばそれは天職だろう。本人からすれば全然そんなんじゃないのかもしれないが、僕には兄が天職を見つけたように思われたのだ。それがこの上なくうらやましかった。
だけど、今はあまりそういう気持ちはない。36歳でなんとなく自分のやりたいことが分かってきたからか。随分と遅い。僕は何もかも人と比べて遅い。

兄はもう今は一人親方のような形であちこちの植木の依頼を受けている。人手が足りないときには僕に声がかかる。
今日は9時からということでいつもより時間が遅い。それほど手のかからない現場なのだろうか。
現場に向かう途中で施主さんに会った。かつて東大阪に住んでいた頃、道で会う度あいさつしてくれたお母さん(以下お母さん)だ。今日はこのお母さんの家に剪定に入るのかと思いきやそうではなく、お母さんのご近所さんの庭に入るらしい。しかも剪定代はお母さんともう一人別のオバさんが折半で払うという、なんとも摩訶不思議な現場だった。

作業に入る前にそのもう一人のオバさんが「ウチの庭も見て欲しいんやけどぉ…」ということで兄と僕とお母さんも一緒に見に行くと、小さな庭にはキンモクセイとモミジ。この二本をぶった切って欲しいらしい。「料金はいくらかかるやろぉ…」に対して兄はかなり低い値段(ウン千円)を言ったがそのオバさんは「ええっ!?そんなにぃ……(高すぎぃ!)」との反応であった。いや全然高ないやろ、と僕は思ったがそれなら、ということで兄はさらに値段を下げた。お世話になったお母さんへの恩返しという意味もあるのだろう、植木の廃棄代をのぞけばこちらにほとんどもうけの無い値段であった。ところがそのオバさんは「ええっ!?そんなにぃ……(高すぎぃ)」と再び渋る顔。
「ほんならオドレ自分でせんかい!」
と僕は言いたかった。大人二人を使う。木を二本切る。車に載せる。運ぶ。処理する。どれだけお金と労力がかかるか想像できないんだろうか。知り合いだからとタカをくくって人にものを頼んでいることを忘れる人は、僕は嫌いだ。しかも僕も兄もこのオバさんとは初対面だ。よくそれだけ厚かましく出られるものだ。僕が憤懣やるかたないといった風でいると、お母さんが
「アンタどれだけ安くで言うてくれてんのか分からんのんか!?値切ったらあかん!」
と一喝してくれた。さらに
「私が半分出したるからその値段で納得しぃ!」
とオバさんを説得してくれたのだが、いや何故お母さんが半分出す?
「いやぁ、そんなん悪いわぁ……(ニタァ)」と言いながら半分受け取る気マンマンのオバさん。なんかこの感じ見たことある……と思ったら、日本昔ばなしのオーソドックスな話の展開だった。最後に正義が勝てばいいのに。

とりあえずそれで話がまとまって兄と二人さっさとキンモクセイとモミジを切る。兄の仕事を手伝う度、工具が増えている気がするのだが、今回はバッテリー駆動のチェーンソーを持ってきていた。電動のチェーンソーてこんなに静かなんだ……。その素晴らしさに感動しているうちにそのオバさんの家での仕事は終わった。

で、今日の本来の現場に取りかかる。やることとしてはクスとシュロと杉の「伐採」。今日は「剪定」ではなく「伐採」だったようだ。三本どれも大物だ。その三本の影響で周りの雰囲気が変わってしまうくらいに。だからご近所さんでお金がを出し合って切ることにしたのだろうか?

兄がクスに登り、上から順に枝を切り落としていく。僕は大枝を大きなハサミで細かくしてトラックに載せていく。普段体を使う仕事をしていないので、体を使って汗をかく仕事が気持ちいい。近くの人が途中から見物にきて、高所で次々にクスを切り落としていく兄を見ながら「やっぱりモチはモチややねぇ」みたいなことを話していた。枝をある程度切り終えて、途中からはガソリンチェーンソーを使って幹を切っていく。午前中いっぱいを使ってクスを切り終えた。お昼ごはんをうどん屋さんで簡単に済ませ、昼はシュロから。シュロはロープをかけて倒れる方向を決め、根元から一本丸ごと切った。火起こしのためのシュロ皮がたんまり取れる、立派なシュロだった。

最後に最も背の高い杉。10m近くあるだろうか。10尺のハシゴで全然足りなかったのでそこから先は兄が木登りをしててっぺんまでいく。高い。すごい高い。杉のてっぺんにいる兄は天狗に見えた。
上から順にロープをかけ、幹をガソリンチェーンソーで切っていく。よくそんなところでチェーンソーを振り回せるものだ。僕は下にいて、切った木がいきなり落ちていかないようにロープを引っ張り、慎重にロープを緩めながら木を下ろしていく。兄が動く度杉がユサユサと揺れて下から見ている僕はとてもハラハラした。アナタすごく高いところにイマスヨ。
5、6回に分けて杉を一本丸々切り終えた時点で夕方の4時過ぎになっていた。

最後に庭をきれいに掃除する。剪定や伐採の作業の前には必ずシートをしくのだが、まずそのシートにたまった剪定材から片付けて、ブロワーで細かなゴミを集め、熊手や手ぼうきで仕上げる。兄の仕事の手伝いをしていてこの瞬間が僕は一番好きだ。庭をきれいに掃除するとそれだけでなんだかとても気持ちがいい。すっきりとして満足感が得られる。

掃除が終わるとお母さん始め近くの人が集まってお礼を言ってくれた。見た目に確かにきれいに、そして手入れをした家の周り一帯が明るくなった。木を三本切るだけで随分雰囲気が変わるもんだ。
さらに、よほど喜んでくれたのかして、よくやったと集まってきたおじさんから酒の一升瓶と、お母さんからはスイカまでもらった。嬉しそうなご近所さんの顔を見ると、二日酔いを押して兄の仕事の手伝いにきて良かったと思った。

僕は兄の仕事の手伝いが好きである。体を動かして仕事をして、お金に、お礼に、酒スイカに、笑顔まで頂ける。なんとも贅沢なことだ。今日も二日酔いさえなければ最高の一日だった。

酒を今度からほどほどにしたい。