ソーリーベイベー

一非常勤講師の覚え書きです。天津飯をこよなく愛しています。毎週月曜日21時更新です。その他のタイミングでも時々更新します。

五月女ケイ子著『レッツ!!古事記』を読んだ

速い。まるでジェット機に乗って古事記の雲の中を突き抜けていくかのようだ。



嫁さんが五月女ケイ子さんのファンで、LINEスタンプを持っていたので僕もその存在は知っていた。絵がものすごく印象的だったからだ。
先日本屋をブラブラしていて、五月女ケイ子さんの絵だ、と気付いて手に取ったのがこの『レッツ古事記』だった。

僕の親父もそうだが、現在の70代以上の人は皆古事記、というか日本神話に明るい。僕の大学時代、ゼミには古事記をもう何十回も読んでいる、なんていう同級生もいて、なんとなく僕自身古事記のことを知らないのが恥ずかしいような、あるいは話に入れないのが申し訳ないような、そんな気がずっとしていた。
それで一念発起して古事記を頭から読もうと思って本屋に行くわけだが古事記は長いしムズい。「現代語訳」なんて銘打たれていても長いしムズい。この点聖書でも同じ問題が発生するが、聖書に関しては一応の解決を見た。
yoakenoandon.hatenablog.com

僕は漫画を読むときも小説を読むときもそうだが、大体のことが分かればいいというスタンスで読んでしまう癖がある。もっと正確に言えば自分の読みたいところしか読まない。だから長々とした説明文みたいなところはすっ飛ばしてしまう。「つまりこういうことが書いてあるんでしょ」という感覚だけで1秒で2ページをめくってしまうのだ。時々わからなくなることがあるからその時は戻って読む。だけど読んでたらそのうちわかるだろうと思ってわからないまま突き進むこともある。
 だからたとえ「現代語訳」されてあっても話の要点がわからないような、ダラダラとした長い本は嫌いだ。カフカの『城』を思い出す。ところが僕の探し方が悪かったのか、古事記に関してはそうした本しか見つけられず、しょうがないから買って読み始めるわけだが当然長続きしない。冒頭10ページも読まないうちに諦めて、その本はホコリをかぶり、最終的にはBook Offなる本のヴァルハラへ向かうこととなる。

何回かそういうことがあって、最終的に僕を古事記の世界に導いてくれたのは由良弥生さんが書かれた『眠れないほど面白い古事記』という本だった。ゴミみたいなタイトルが付けられているが、しかし内容は面白い。

眠れないほど面白い『古事記』 (王様文庫)

眠れないほど面白い『古事記』 (王様文庫)

この本である。タイトルのクソさにだまされてはいけない。
ただ現代語訳されてあるだけではなく、会話文も交えて「ザックリ言うとこういうことっす」というスタンスで古事記の世界が描かれている。それはまさに僕の求めるものだった。途中挿絵が入っており、また一章を語り終えるごとに解説が少し入っている。その解説の「少し」具合も良い。文体も親しみやすく、なんとなく紙芝居を聞いているかのような気になる。
古事記の上、中、下巻まで省略を交えつつもしっかりと書かれていて、中巻以降は面白さが半減するが、それは別に筆者の方が悪いわけではない。古事記のストーリー構成上仕方の無いことである。古事記の上巻は神話としての特色が強く、神々のぶっ飛んだ物語として楽しく読めるのに対し、中巻以降は天皇がどうしたこうしたというダラダラした歴史の記述に始終している。言わば古事記は上巻で一旦のクライマックスを迎えており、それ以降は後付けのような印象を受けてしまうのだ。それは映画『マトリックス』で例えるなら1と2ぐらい、三国志で例えるなら赤壁前と赤壁後ぐらい違う。僕の大好きな『蒼天航路』ですら赤壁後は失速してしまったではないか。 

だからこの『眠れないほど面白い古事記』もなんだったら読むのは上巻部分だけでいいと思う。中巻以降は僕も読んだがイマイチ覚えていない。多分面白くないので適当に読んだに違いない。


そしてその古事記の中で最も面白い上巻部分を全て漫画で書き表したのが五月女ケイ子さんの『レッツ!!古事記』なのだ。

([そ]1-1)レッツ!!古事記 (ポプラ文庫)

([そ]1-1)レッツ!!古事記 (ポプラ文庫)

面白くなくなる中巻以降を潔く省いてあることからもこの本の意図は明白である。ややこしいことはおいといてとにかく古事記を楽しめ、面白いところだけでも読め、ということであろう。
この本の何より素晴らしいところはそのスピード感だ。ダレる部分を一切作らない。読者をダレさせるような説明くさいところは強引にはしょったり、オーバーにしてみたり、筆者のほとばしるセンスでパワフルな改変が加えられている。そう、スピードとパワーでゴリゴリに押し切ってくるのだ。
上記『眠れないほど面白い古事記』も相当色々省いていると思うが、『レッツ!!古事記』のはしょり方はハンパではない。

例を一つ上げるなら、古事記の最初にはイザナキ、イザナミの前に長々とした名前の神々がたくさん出てくる。『眠れないほど面白い古事記』でもその記述はあって、最初に現れた神はアメノミナカヌシノ神、次はタカミムスヒノ神、カムムスヒノ神。またその次に……という感じで神々の名が続いていく。それを『レッツ!!古事記』では「たくさんの神」「すごい神」が出てきた、という表現だけで済ませている。いい、とてもいい!「どーせこの後出てこない神なんだから名前とかいらんっしょ」その思い切ったはしょり方が僕は好きだ。そう、大体のことが分かればそれでいい。

この本は全編を通してその「大体」のスピリットが貫徹されていて、正確さは多少(随分?)犠牲になっているかもしれないが、ある種の陶酔感をもって古事記上巻の最後まで爆速で突き抜けてしまうことができる。こんなスピード感を持つ古事記を僕は他に知らない。このスピードが僕にはたまらなく気持ちいいんだ。

この本を買って何気なく嫁さんに薦めてみたところ、すぐに読み切ってしまったようである。まあ嫁さんはもともと五月女先生のファンだった、ということも大きいのかもしれないが。しかし、古事記のことを何も知らないはずの嫁さんがこの本を読んでる最中は随分と笑って、楽しそうであった。誰でも楽しく古事記の世界を堪能できる一冊であると自信を持って言える。

古事記をザックリでいいから知りたい方、五月女ケイ子先生のファンの方、スピード狂の方にはとてもオススメの一冊である。

わがままを言えば全編カラーにして欲しかった。そうしたらもっと楽しかったのに。カラー部分はイザナミの死までである。


なお中巻以降も知りたい方は初めに紹介した『眠れないほど面白い古事記』もオススメである。タイトルはゴミみたいだが中身は確かだ。