ソーリーベイベー

一非常勤講師の覚え書きです。天津飯をこよなく愛しています。毎週月曜日21時更新です。その他のタイミングでも時々更新します。

世に出る時期

あまりに若くして有名になってしまった人は果たして幸せなのだろうか。本当はつらいだけなんじゃないだろうか。


先日出稼ぎ先でそういう人に会った。30そこそこでメディアにも出まくってる人で、実際はどんな人なのかすごく楽しみだったけど、その人を見て一番最初に思ったのは、なんだか可哀想だな、ということだった。

その人も仕事で出張してきたわけだけど、仕事のストーリーはもう周りの取り巻きが勝手に作り上げていて、経験したこともない、考えたこともないような慣れない現場で、その人はお膳立てされたストーリーを演じるだけだった。着せられたそのストーリーはとても窮屈そうで、僕らからすればあまりにバカバカしく、大人が寄ってたかって一体何やってんだと思った。お膳立てした取り巻きの連中は、クソみたいなストーリーをその人に押し付けるだけであとは何もせず、ただヘラヘラしているだけだった。まるでウジ虫とハエがその人にたかっているようで気色悪かった。

その人自身が「こうしたい」と思うこともあったろうに、そしてきっとその方がずっと面白かったろうに。僕らもその人と直でやり取りできたなら、もっとやれたこともあったろうに。
取り巻きの連中はこちらから打診しなければ下見もせず、ぶっつけ本番でそのイベントを敢行しようしていたことに、僕らも、お金を払ってそのイベントに参加した人も、そして「一応」主催者となっているその人自身もナメられてると感じた。僕より10も20も上の人間がそんなふざけた仕事の仕方してんのかよ。

その人もメディアに出るということはある程度言いなりになることなんだと、ピエロを演じることなんだと何だか諦めている風で、周りに大人は一杯いるけどずっと一人ぼっちで、寂しそうだった。
そうして時期が過ぎれば使い捨てられてしまうのか。10年、20年先にその人が一線で活躍している姿は僕には想像できない。それはあまりに悲しすぎないか。

その人は名が世に出て一体幸せだったのだろうか。
もちろん若くして完成されていて、どこに出ても文句の付けようの無い人もいるけど、今回の人はメディアによってあまりに時期尚早に速成させられてしまったように見えた。


有名になる、その弊害もまたある。
大器晩成ということもあろうし、そもそも世に名前など出ない方が幸せだということも。

彼は有名になどならないで、自分のペースで自分の好きなことをじっくりやれた方がずっとずっと良かったのではないだろうか。僕はそんな気がしてならない。