ソーリーベイベー

一非常勤講師の覚え書きです。天津飯をこよなく愛しています。毎週月曜日21時更新です。その他のタイミングでも時々更新します。

講談社児童文学新人賞落選

最近落ちたとか、ダメだったとか暗い話ばかりなので明るい話題を提供できれば良いなと思っていたが、残念だった。


気づいたのは一昨日。忙しい夏の出稼ぎが一段落して、そういや選考どうなってんのかなと思って講談社児童文学新人賞のページをのぞいてみたら二次選考はおろか最終選考まで終わっていた。どこにも僕の名前は無く、少し、ほんの少し自信があっただけに二次選考にも残らなかったのはかなりショックだった。

その日は酒を浴びるように無茶苦茶に飲んで、そのまま崩れ落ちるように寝たのだと思う。どうやって寝たか覚えておらず、吐き気に気がついて目が覚めると、出稼ぎ仲間の友人が僕の横に転がっていた。吐き気を抑えるために水を少し飲んで、自分の部屋に帰って寝た。
翌朝目が覚めても、ひどい二日酔いで、吐き気と体のだるいのと悔しいのを抑えながら仕事をした。


573作品中二次選考に残ったのは26作品。4%ほどが二次選考を通過したことになる。4%という数字は決して低い数字ではない。そこに僕の作品が入らなかったのは、単に作品に気合いが入ってないと判断されたのだと思った。それがとても悔しかった。

初めは有名になりたいとかなんとか、そういう虚栄心もあったのだと思う。今はあまりそういうのは無い。ただきっかけが欲しいとだけ思っている。

才能。才能なんてものは、才能があるかないかなんて話は、もう随分昔にどうでもよくなった。身体感覚についての才能は確かにあるのかもしれない。しかしこと何かを書く才能については、僕はそんなものは嘘っぱちだと思っている。「鋭い」才能を持つ人は決して「鈍い」才能を持つことは出来ない。それぞれにそれぞれの書くことがあるだけだ。

ただ、自らの書くべきことに熱心かどうか、気合いが入っているかどうかは別の問題だ。それこそが重要なのであり、それこそが才能だ。

自分は熱心だったか。二次選考の結果を見る限りどうもそうは言えない。「もっと必死な奴はたくさんいるよ」僕の作品を審査した人からそう言われた気がした。悔しいがそれは真実なのだろう。

今回は残念だったが、これからも書き続けることに変わりはない。
もっと書かなくてはならない。刻苦勉励。そういう話だ。どのみち書き続けるしかないことは分かっているのだろう。諦めて、その事実に真面目になる方がいい。今のままじゃダメさ。


小林秀雄は言った。「よく切れる刀てのは刃が鈍なんだぜ」。全くその通りだ。
僕は牛のようになって、全てを書き尽くしてしまいたい。