ソーリーベイベー

一非常勤講師の覚え書きです。天津飯をこよなく愛しています。毎週月曜日21時更新です。その他のタイミングでも時々更新します。

脱スマホチャレンジ(1週間経った)

一日の一体どれだけの時間をスマホに費やしてるのだろう。スマホから離れればばどれだけ一日を有意義に過ごせるのだろう。

そんなことを考えたことがあるだろうか。

僕はある。多分百回以上ある。
その度「今日からは時間を制限してスマホを見るようにしよう」などと決意を新たにするのだが、大体の場面において決意を新たにするのはあまり意味のない方策なので、いつも失敗する。
気がつけば今日もYouTubeをTwitterをInstagramをyahoo!ニュースを徘徊している。そして一日が終わる。

別に面白くもなんともないのにダラダラと徘徊をやめられないのは僕が立派な中毒者だからだろう。

それでスマホに一日を、人格を支配されるがままになっていたのだが、潜在的にスマホから得られる情報に「全てどうでもいい」と思ってる自分がいて、ある時それが明確に「うざったい」になった。

それは一週間ぐらい前の話で、その時初めてストレスにしかならないのならスマホ見るのやめようと心の底から思った。うざったいのはスマホから流れてくる情報もそうだし、それをダラダラ見てる自分自身もうざかったのかもしれない。とにかくうぜぇ。

そう思った時に具体的にどうするかということも瞬時に決まって、朝起きた時にだけスマホから情報を得るようにしようと思った。それ以外の時間、一日の活動中には「こちらから能動的にスマホに接触せざるを得ない時」を除いて一切スマホを見ない。能動的に、とは例えばブログ、Twitter、Instagramに投稿する時やメール、ラインをするときなどである。というか能動的にスマホに接触するのって、多分その時ぐらいしかない。あと写真撮る時か。
とにかく受動的に流れる情報に身をさらすのは朝起きた時だけ。それ以外スマホから情報を入れない。うぜぇから。

どうしても調べたいことがある時はどうするんだという話だが、それについても思いついたらすぐ調べてすぐ解決する、というのがなんだか良くない気がして一旦手書きで調べたいことメモしておいてまとめて一定の時間に調べることにした。
スマホの即時性、即物性が僕を我慢のきかない人間にしている気がする。


そうして一週間が経った。

例外的なことも少しあるが大体はうまくいっている。朝起きた時にスマホから情報入れる時間は大体15分~30分程度。なんだ、これだけしか時間使わんのかと自分でもビックリする。YouTubeは音楽を流すときを除いて一切見なくなった。岩井俊二の「スワロウテイル」を先日見てからは大体YEN TOWN BANDのswallow tail butterflyばっかり流している。
ブログなどを投稿したときは反応がとても気になるが、それも我慢して朝に一度だけ確認するようになった。今までは一日に何度もちょこちょこ反応を確認していた。アクセス解析もよく見ていたのだが、起きた直後だけ確認するようにしたものだから寝ぼけて見るのを忘れてしまう時もある。

じゃあ他の暇な時スマホいじらず何してんだという話だが、何か読んでるか、書いてるか、あるいは描いてるか、考えてるか、寝てるか、ボーッとしてるか、ほとんどそのどれかだ。それじゃつまらんだろう、と思われるかもしれないが、別に今までと変わらん。つまりスマホで徘徊している時もつまらんかったわけだ。夏の出稼ぎが終わってから漫画と本をたくさん買ったので、何かを読むのはスマホより楽しいと感じる。あと寝る時間が増えたように思う。タバコやめた時も同じ感じだったな。時間がゆっくりとする。

まぁまだ一週間だけど続けられる限り続けようと思う。僕には先の「読む、書く、描く、寝る、ボーッとする」があればそれだけで結構満足するんだなとこの一週間で思えたので無理なく続けられるような気もする。起きた直後だけスマホで情報見る、てのもシンプルでいいし、投稿の反応気になるから目覚めるし。慣れてきたら映画なんかもたくさん観たいと思う。
スマホの情報過多は僕に必要だったのか、今は分からない。科学技術が進歩し、生活や情報の速度がどれだけ上がっても、それは人間の精神の豊かさ、発展とあまり関係がないのかもしれない。紀元前の人間より僕の精神の方が高潔だとはあまり思えない。むしろ僕の場合それらが精神の退廃に資するのではないかとさえ思う。便利さと速さに弄ばれてしまうこともある。


今はとにかくうざったいのが無くなってせいせいしてる。そして眠い。

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21世紀初頭より世界各地で爆発的に見られるようになった人間をダメにする図。