ソーリーベイベー

一非常勤講師の覚え書きです。天津飯をこよなく愛しています。毎週月曜日21時更新です。その他のタイミングでも時々更新します。

六甲山特攻日記

かつてまだ僕が背骨を折る以前、自転車に乗るのが好きだった頃に書いた日記です。書いた日付は2011年8月16日。自転車で六甲山に登るという内容です。要望があったので載っけます。よければ読んで下さい。



「とにかく速く走りたいから」
「オシャレな自転車に乗って颯爽と街を走りたいから」
「買い物に行くときに必要だから」


自転車に乗る理由は様々であり、そのために色々な自転車がある。
どれが良い、どれが悪い、とかいうことではなくて、それぞれの自転車は、乗る人の欲求を満たすそれぞれの良さを持っている。
比べることではない。
全ての自転車は良いものだ。

僕はロードレーサーを去年買ったが、それは、速く走りたい、あるいは単純に、ロードレーサーってかっこいい、というような感情があったからだった。
しかし、ロードレーサーに乗り始めてからしばらくして、ある妙な欲求が自分を捕えて離さないことに気付いた。

山に、登りたくなるのである。

これはどうしたことかよくわからないが、とにかく山に登りたくなる。
幸いにして、我が家から20分も自転車をこげば生駒山(信貴山)がある。
そして大阪の自転車乗りに愛される十三峠がある。

初めにロードレーサーに乗った時、それまで坂であったところは坂では無くなったと感じた。
例えば上町台地などはママチャリに乗っていたときはヒーコラ言いながら登っていたものだが、ロードレーサーにとっては平地に毛が生えた程度のもので、楽に登っていけた。
その時この自転車であればどんな坂でも登りきれる、そう思った。

初めに十三峠に挑んだのは去年の11月だったかと思う。
相当な激坂だと聞き及んでいたが、僕に登れないはずはないと自信満々だった。
こちとらロードバイクに乗っているのである。
この自転車で登れない坂などないのだ!フフン!!

ところが、結果はひどいものであった。
のっけから経験したことのない斜度、登っても登っても先の見えない、永遠に続くかと思われる程長い坂道。
大阪経済法科大学前を抜ける頃には息が切れ始め、その先の三叉路のところでは蛇行が始まった。
「こんな急坂がずっと続くはずがない、きっともう少ししたら斜度もゆるくなるはずだ」
そんなことを繰り返し考えながらうねうねとした山道を登っていく。
少し、開けたな、と思われる場所に出た先に、どこまでも続いていきそうな長い長い坂道が見えた瞬間、僕は絶望した。
あろうことか、頂上までの3分の1の距離で足を着き、引き返すことになったのである。

この「登れなかった」ということが、とても悔しく、僕を山の虜にさせた。
初めに登頂したときは足を着いて時々自転車を押しながら無理やり登りきった
それから次第に足を着かなくなった。
初めて足を着かず登りきれた時は30分近くかかったがとても嬉しかった。
今ではその頃より10分近く早く登りきれるようになった。

それで、毎回同じルートを同じように登って、
タイムはどんどん短縮されて喜んでいたのだけれど、ある時ふと、他の山はどんな具合なんだろう?と思った。
例えば近場で有名な山と言えば、六甲山。
「単独行の加藤文太郎」を生んだ六甲山はどんなものなのか。
早速yahooルートラボで調べてみる。

ちなみにいつも登っている十三峠はこんな感じ。

標高差 375m
距離 4.0km
平均斜度 9.2%

一方六甲山(数あるルートの中で最もメジャーな逆瀬川ルート)はこんな感じ。

標高差 828m
距離 11.4km
平均斜度 7.4%

標高差も距離も十三峠の倍以上ある。
しかし、唯一平均斜度だけは生駒の十三峠ルートが勝っていた。

…ふ、ふふん、何や、天下の六甲山も大したことないのぉ。
斜度8%もないんかい。
クソガキでも登れるレベルやでえ。
ワイは生駒からきたクライマーや!
生駒の山はこんなぬるい坂とちごうて、平均斜度10%近くあるんや。
神戸のボンボンどもは黙ってワイの後ろ姿を拝んどかんかい!!

7月26日
僕は六甲山に行ってみることにした。
往復120kmの行程である。

都そばで天ぷらそばとバッテラを食べて、朝9時過ぎに家を出発。
出発前にファミリーマートで5個入りのアンパン(140円ぐらい。親父の大好物)を買っていった。
帰りにお風呂によって帰ろうかと、着替えとタオル、牛乳せっけんもリュックに詰め込んだ。

梅田から176号線を抜けて、十三道路に入る。
ここまでは順調だったのだけれど、そこから少し迷った。
もう少しわかりやすいルートで来たらよかった、と後悔する。
結局、阪急逆瀬川駅の踏切についたのが11時頃。
この踏切が六甲山タイムアタックのスタート地点となっている。
六甲山はとりあえず1時間を切れれば合格と言われているようなので、それを目標とした。
すでに2時間程走っているためハンガーノックが怖い。
登りの途中でそんなもの起こした日には、100%下る気しかしなくなるに違いない。
用意周到な僕は1つアンパンを食べてからアタックを開始した。

登り始めてすぐに十三峠との違いを感じる。
十三峠はのっけからえぐい斜度だが、六甲山はスイスイ登っていけるのだ。
まるで僕は地球に降り立った時のナッパ(ドラゴンボールZ)のようだった。

「フフン、斜度7%台やったらこんなもんやろ。楽勝やでぇ!!」

この緩斜面は割合長く続き、僕は調子に乗った。
序盤でかわいいお姉ちゃんをぶち抜いたのも手伝って乗りにのった。
これが六甲山に仕掛けられた巧妙な拷問装置の入り口だとは気付くはずがなかった。

ゴルフ場のあたりから斜度が少しきつくなった。
といっても、まだ全然楽に登れるレベルである。
鍛えあげられた僕の足はビクともしない。

それからさらに進んで、道が分岐した後は、途中姿を消していた川が出現した。
十三峠の登りには無い川である。
その恩恵は素晴らしいものがあった。
風が冷たくて気持ちよいのである。
十三峠をのぼっている途中に吹いてくる風は生温かくて、窒息しそうな心持になるのが常だったが、これはいい!

「なんやこんな気持ちええ風まで吹くんかいな。ハッ、所詮神戸のボンボンが登る山やのぉ!」

ふと気付くと走行時間が30分を超えていた。
ここからは未経験の領域である。
これまで30分以上かかる山を登ったことはなかった。
これからどうなるのか、自分でもワクワクしながら登っていく。
この時はまだそれだけの精神的ゆとりがあった。

道が分岐して川が出現してからは、車の影はめっきりなくなって、山道っぽくなった。
川の流れる音だけが聞こえてくる。

そして、ある事実に気付かないわけにはいかなくなった。
斜度がゴルフ場のあたりよりもさらにきつくなっているのである。
体に負荷をかけないよう、ゆっくり登るよう努めているのであるが、斜度がかなりのきつさであるため、心拍もだんだん苦しくなってくる。

「…フフン、ちょっとは厳しいとこ見せよういうんやろ?わかってるんやでぇ、この山の平均斜度が7.4%しかないってことは!!チョンバレもええとこや。さあ、無理せんとさっさと緩斜面を出したらんかい」

次のカーブを曲がればきっと緩斜面が広がっているはずだ。
そこで足を休められる。一息つける。

何度となくそう思った。
しかし斜度が緩くなることは無く、むしろカーブを曲がる度に凶悪さを増していく。


「…アホな、こんなアホな!!」

確実に十三峠の最大斜度を越えていると思われる斜面に出くわしたときにハタと僕が勘違いしていたことに気付いた。

前半の緩斜面はきっと斜度5%もなかったのだ。
そして、その前半の緩斜面は長く続いた。
ということは、六甲山全体の平均斜度が7.4%になるために、後半の斜度は必然的に10%以上の鬼畜さが必要になってくる…

しかしその現実を僕は疑惑にとどめた。
現実を見ず、希望的観測にすがろうとした。
それはまさに山で遭難する者の心境である。

「こんなえげつない斜度がそうそう続くはずがない。生駒の山かてきつい坂の後はゆるい坂がくるんや。きっとあれを曲がった先には素晴らしい、ゆるゆるの斜面がワイを待ってるはずや…」

リングワンダリングを繰り返す者のように僕は同じことを思い続けた。

でも、ここは生駒ではない。
僕の知っている山ではない。
きつい坂の後に待っているのは、変わらずきつい坂、あるいはさらにきつい坂であった。

そうこうしているうち、心拍だけでなく足にも疲れが来始めた。
それでも、ダンシング(立ちこぎ)を織り交ぜつつ、ごまかして登っていると、ロードバイクに乗る人影が前方に見えた。

せめてあの人を追い抜こう。

そう思って距離5mあたりまで近づいたが、そこから差を詰められなくなった。
足が売り切れたのだ。
何とかダンシングで、と思いギアを重くしてダンシングに持ち込むも、あろうことか上半身にもガタがきていて車体をうまく左右に振れない。
上半身が疲れ切ってしまうという経験は初めてだった。
結局おとなしくシッティングで登り続けることにした。
前を行く人も限界だったのだろう。差が開くことはなくそのままの間隔で二人登り続けた。

時間は50分を越えた。
速い人ならもうゴールしている時間である。
しかし、ゴールはおろか、まだ前方に登るべき山が見えている。
勝手知ったる山であれば、残りの距離を知っているため、体が限界でももうひと頑張りすることができる。
しかし、この先どのぐらい登ればいいのかわからない、という状況では精神的にも非常に苦しくなる。
六甲山の、登っても登っても、次々とまだ登るべき山が前方に出現してくるという仕掛けは、僕の精神力を削り取るのに抜群の働きをした。

もう時間を気にすることも、頑張ることもやめて、足を着かずに登りきることに目標を切り替えた。
mont-bellのcamelbak2本に水1.5ℓを入れて持ってきたもののそれも底を尽きた。
サイクルコンピューターは6km/hを示している。
斜度は相変わらずきついままで緩くなる気配がない。
ギアはインナーローに入りっぱなしなのに、無意識にシフターをより軽い方へ倒そうと何度も試みてしまう。
こうなってしまってはもうおしまいである。
ついに僕は蛇行せずには登っていけなくなった。

そして蛇行が始まると、前を行く人との間隔が少しずつ開いていった。

「アホな…ワイは生駒から来たクライマーや。神戸のボンボンクライマーにちぎられるなんぞ、そんなこと…そんなことあってたまるか…」

しかし、頂上までに彼に追いつくことは、もう無かった。


六甲山は甘くはなかった。
前半の緩斜面で甘い誘惑をかけ、ある程度体力を奪いつつ、段階的に斜度をきつくし、体力を使い果たした後半になって激坂のオンパレード。
拷問装置としてはピカイチの山で、体力を最後の1滴までしぼりとってなお、抵抗する力を失った者を痛めつけることを忘れない。

「もう堪忍してください…ワイが悪かった…」

途中あまりの激坂オンパレード具合に、「いい加減にせんかい!!」と吠えてた僕だったが、もうそんな元気も無くなってしまった。
気分としては、ハイエナに捕食されるシマウマ(絶命間近)。

そんなシマウマ気分で、止まりそうな状況で下を向いたまま、どれぐらいペダルを回しただろうか?
登り続けていると斜度がふと緩くなった。
前方に見えていた山もいつの間にか消えている。
左手に六甲山最高峰まであと〜km(多分3kmとかそれぐらいだった)と書かれた標識も見えた。
それでもペースをあげることはできず、ひたすら現状維持で登ることしかできなかった。





六甲山の頂上には茶屋があるという。
その茶屋が前方左手に見えたときは充実感とか達成感とかいうよりも、安堵感が僕を満たした。前を行く人にちぎられてからは、この登りはまだまだ終わらないんじゃないか、下手すりゃ2時間以上かかるんじゃないか、と疑心暗鬼に陥っていたのだ。


そして一軒茶屋に着いた僕に笑顔で
「お疲れ様でした」
と温かい声をかけてくれたのは、その僕の前をずっと走っていた自転車の人だった。
きっと僕が後ろでもがき続けているのに気が付いていたのだろう。

うぅ…神戸の人めっちゃええ人やん!!
今まで生意気言ってごめんなさい。

結局総タイムは1時間5分14秒で、目標としていた1時間を切ることはできなかった。
一軒茶屋には自動販売機があったので、サイダーを2本がぶ飲みしてアンパンを1つ食べ、15分ぐらい山頂からの景色を楽しみながら帰りのルートを考えた。
登った場所をそのまま降っていくというのは、マッチポンプ的な感じがしてあまり好きではないので、下りは六甲山頂からさらに西進し、森林植物園を越え、再度山を登ってから三ノ宮の町に下りるというルートをとることにした。

出発の際「お気をつけて」と先の自転車の人から声をかけられた。
本当にいい人だ。

下りは楽しみながら気楽に行けるだろう、と思っていたが、六甲山の下りは全く楽しくなかった。
自動車の速度を落とさせるための、横断帯というのだろうか、横断歩道にあるシマシマのボコボコのやつが下りの途中至るところに敷かれてあって、これにより車体がとんでもなく跳ねるのだ。カーブの途中に敷かれてあるところもあって、車体が跳ねるためブレーキも効かず、反対車線に飛び出しそうになってからは、おとなしく30km/h以下で下ることにした。
まったく、フラストレーションのたまる下りであった。

三ノ宮まで出てからは2号線沿いをずっと帰った。
長距離で見た場合、信号の無い裏道的な道路を走るよりは、幹線道路の車道を走った方が、自転車でもはるかに速いということに最近気が付いた。
信号待ちは確かにあるが、路地から人が飛び出してくるということは無いし、何より道路が綺麗で車による整流効果も生まれているのか、スピードも乗って気持ちよく走れるのだ。
ちなみにこの帰りの信号待ちで、若いお姉ちゃんの乗り回すフェラーリが僕の自転車の横に止まった時、僕は最も神戸を感じた。

途中尼崎で休憩を入れてアンパンをかじる。
知り合いの自転車屋さんであるほっしゃんのところで六甲山の話をしようとお店に寄ってみたが、ほっしゃんはお休みだった。
結局銭湯にも寄らず、家に着いたのは4時頃だったと思う。
それから近所の銭湯に行って体重を測ると2kg減っていた。
ツールの選手が1ステージ走ると5,6kgやせるというのは本当のようだ。

これだけしんどい思いをしたのに、いや、しんどい思いをすればするほどもう一度そこへ行きたくなるのはどうしてなんだろう。
今月末、無人島での用が済んだなら、もう一度六甲山へ行こう。
次は1時間を切れるといいな。